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駄目オタ徒然草
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「大嘘は、理詰めで」(アニメ評:R.O.D)
※ リンク等、未完です。とりあえず、アップ。後日修正(この注意書きがとれたら、完成版です)

「R.O.D」

 うわぁっ、なにこれ! なんでこんな凄いの? っていうか、これ、今まで見逃していたって、アニオタとして、もう首くくらなきゃいけないくらい、罪じゃねぇ?
 と、頭を抱えながら、うずくまってしまうくらい衝撃的であった。いや、正直、言い過ぎとか表現過剰というか、そういう意識はない。真剣に、すごい、これ。

 たぶん、もし仮に、ボクのこのブログを、丁寧に読んでいる方がおられれば、ボクの嗜好として、とにかくアニメは「動く」ことが、まず第一義であることとしていることにお気づきかと思う。しかも、求める「動き」は「リアリティー」をもって動くものではなく(そんなものは、人間の俳優がやった特撮映画に任せなさい)、如何に荒唐無稽な動きを、さも、当然の如く描き出すかにあるといっていい。
 冒頭、偉人軍団のホワイトハウス襲撃あたりは、それでも冷静でいられた。が、読子(主人公)が、ファーブルの乗った巨大バッタを、鞄から出した紙の束を操って、強引に引き留めるシーンで、ふるえが来た。「…アルバトロスや…」とつぶやく。もちろん、アニオタなら常識、宮崎駿の伝説の作品、新ルパン三世145話「死の翼アルバトロス」のこと。

 それは、こんな感じ…。

 東京の神保町とおぼしき街角で、「die "unsterbliche Liebe"」なる本を買い求め、路上で本にほおずるをする主人公、読子。そこに轟音とともに、スズメバチの大群があらわれる。逃げまどう人々。もちろん、モブの一人一人、ちゃんと独立して「演技」をしてる。襲いかかるハチの大群に、読子は目の前に倒れたトラックから散乱したチラシを「異能」で楯に変え防ぐ。もちろん、柔らかい紙が、一瞬にして硬質になる瞬間をしっかり表現して、それだけで読子の異能を視聴者に説明する手腕はお見事。
 遅れて地響きとともに現れる巨大バッタ。しっかりと、重量物が動く際の反動やためを表現し、その上で、昆虫らしい動きも見せる。
 バッタの上に乗る怪しげな老人(ファーブル)が、バッタに命じて読子の本を奪い取る。食い下がる読子、ふりほどくバッタ。しりもちをつき、地面に落とされる読子は、飛び去るバッタに、目の前に転がっていた「紙テープ」をロープ代わりにバッタの足に巻き付ける。紙がロープに、そして、ワイヤーになる表現もまた見事。
 紙テープの一端を地面に突き刺すと、紙テープはたわみ、伸びきった紙テープの先で、バッタは反動をつけて、引き戻される動き。ちゃんと物理的に理にかなった動きを見せるから、バッタの重量物としての存在、ワイヤー化した紙テープの堅牢性がものの見事に表現されている。こういう「大嘘」をつくときは、大嘘のほかは徹底的に理詰め手表現しないと、何となく、全体に弛緩した表現になるのだが、その辺のツボを押さえた演出は、本当に繰り返すが、見事としか言いようがない。

 もちろん、作品の一部に、こういう目を引く動きを見せる作品は、少なくない。が、この作品は、このクオリティーで、3話正味100分、全編を飾っている。まあ、「かみちゅ」の1・2話のクオリティーを、最終話まで維持できたくらい奇跡的なことだと思う(あの1・2話も凄かったねぇ)。
 また、キャラクター達の魅力的なこと! いや、お約束だって、わかってんだよ。わかっているけど、一つ一つの行動に、素直に感情移入できてしまう説得力って、どこから生まれるんだろう? それは、一つには、演じる声優も含めた、ちょっとした動作、表情、しゃべり方、目線、そういった、細やかな演技を積み重ねた果てに、視聴者に提示されるそのキャラクターの属性、内面、語られざる歴史が、きっちり伝えられているからだと思う。ジョーカーが、敵要塞で消息を絶った読子達を切り捨てる非情な決断をするところだって、それ以前にナンシーに対する猜疑から、冷徹な命令を  に、さらっと、笑顔で下す辺りから(あるいは、読子が命令で出頭してきた際に指令を下す辺りから)着々とキャラ造形しているわけで、まあ、この辺は、物語をきっちり作る演出家としては、当たり前なのに、あまりにも、従来のアニメで置き去りにされがちなことかと…。

 さらに、ストーリーも、なかなか魅せる。ネタバレになるから詳しくは書かないが、この約100分の中で、メインに描写される読子、ナンシーの二人の、無いようでいて実は濃厚な精神的接点を、軸に、二人が接近して、接近して、そして引き裂かれる過程が、説得力を持って描かれている。しかも、ナンシーが、時に冷たく、時に親密に、読み子に接するその揺れる(?)心の説明も、実に面白い謎解きとして提示される。
 一方、「結末にがっくり」という評を、この作品を視聴後巡回したレビューで見たことがあるが、う~ん、そうかな? 事件の結末に関しては、見え見えの展開ではあるけど、その展開を魅せるのではなく、その揺れる「彼女」の心理の表現にあるわけで、しかもその展開に気がつかない「もう一人の彼女」の天然っぷりが、最後までこの作品に優しさを与えている。しかも、それが、この作品の「エピローグ」に、スッとつながる要因になっていると思うと、やはり、脚本のこの結末のあっけなさは「確信犯」ではなかったかと思う。
 どうも、ネタバレを回避して書くと、もう、どうしようもないくらい、わかりにくいなぁ…。ただ、この作品については、未見の人は是非見てもらいたいから、結末が「見え見え」である以上、ネタバレになることをあまりはっきり書くことで、その意欲を失わせるのは残念だから、このくらいにしておく。

 あとですね、まあ、これはお約束なんだが「めがねっ娘」「どじっ娘」の、記号は、ちょいと前面に押し出しすぎなのが、鼻につくけど、それは、それで、もうしかたないかと。

 さて、この作品には続編がある。R.O.D ~the TV~がそれ。が、こっちは、制作会社も主人公も違って(途中で読子も出てくるらしい)、どうも微妙に、作品の印象がちがうっぽいが、是非、見てみたいと思って既に視聴準備は整っている。
 あとは…、時間、ください(泣)。

 それから、冒頭のあらすじについては、途中で描写したファーブル対読子で、代替するので、省略^^;。
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