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「風はそよとも吹かず」(書評:詩人の夢 松村栄子)
『詩人の夢』
icon松村栄子(ハルキ文庫)
2004年秋読了


『詩人の夢』
『詩人の夢』
 人には、踏み込んでほしくない領域というモノがある。特に自分の心酔しているモノをけなされるのは、屈辱以外の何者でもない。
 が、その聖域に、あってほしくない「不満」を見つけたとき、その落胆は如何ばかりや。「かわいさ余って…」になるか、「あばたもえくぼ」になるか…。どちらにしても、出会いたくない瞬間ではある。

 こんな書き出しをしたのだから、この作品を紹介するに当たって、結論は見えている。僕にとって、「松村栄子」という作家は『聖域』である。こんなにも美しく日本語を紡ぎ、切なく、そして優しい物語を形作る人に出会えたことは、『幸福』以外の何者でもなかった。
 だから、この作品が、ほかの作家のどの作品に比しても、決して見劣りするモノではないからといって、手放しでは賛美できないもどかしさがある。

 さて、この作品は、以前紹介した『紫の砂漠』の続編である。いわゆるファンタジー小説であるが、作者の流麗な日本語に紡ぎ出された前作が、ファンタジー小説というジャンルを越えて、文学的に秀逸であったことは、先に述べたとおりである。
 もちろん、この作品においても、彼女の日本語の美しさは変わらない。比喩や情景描写の美しさは、おそらく「松村栄子」という、ブランドとしての、クオリティーは維持していると言っていい。
 彼女の魅力は、そのような美しい言葉を用いつつ、それによって、まるで絹糸を紡ぐがごとき繊細さで、「主人公の心」の、揺れ動き、ほんの半歩前進を、描き出す筆の力にある。
 が、今作品は「続編」という枷に縛られ、前作で描ききれなかった舞台背景や、人物設定を追うことにその作品の大半を奪われ、彼女の作品の魅力である「主人公」の心の、風にそよぐがごとき揺らぎが、つかみとれなかった。
 もちろん、これは、僕自身の読解力不足かもしれない。しかし、前作から成人した主人公シェプシは、結局過去にとらわれ、かたくなにその心を動かさず、物語として、最後のページまで結局「何も始まらなかった」のだ。

 ストーリーは、前作の数年後から始まる。シェプシは、詩人の死に心を閉ざし、養親にさえ心を開かず、将来を嘱望されながら、「詩人」となる。ここで言う詩人は、この世界では、最下級官吏といってよい。詩人となったシェプシは、この世界の秩序の崩壊(神話の崩壊)とともに、物語の中であかされる、政治的パワーゲームに巻き込まれながら、しかし、それに背を向けなお、心を閉ざして生きていく。
 シェプシは、『死』から目を背け、ひたすら、世捨て人の境遇に自分をおこうとするのだが、その両(養)親、そして、最後にこの物語を締めくくることとなる、『神の子』(いわゆるクローンのような方法によって生まれた子供)に関わり、『達観』の境地に導かれていく。

 と、書いていくと、そう悪い話でもないような気もするが、やはり、この批評を書くに当たって、改めてつらつらと読み返してみると、やはり駄目だった…。
 シェプシが、『詩人』の死により、心を閉ざすことはわかる。それが、心を結びかけた『真実の恋』の人の死から、連なるものであり、果ては、悠久の過去、神世のジェセルにまで至る、絶望の結果であることもわかる。
 だが、この現世界にたいして、松村栄子が与えた、あまりにも多くの試練に対しての無関心はどうなのか? それが、神の子アージュによって、いとも容易に開かれることは、あまりにも世界を矮小化していないか?

 ここからは、あくまで僕の想像である。松村栄子は、この物語に結論を与えたかったのではなく、この物語『世界』に、幕を引きたかったのではなかろうか? 前作で、謎のままに終わった設定は、この作品で、あらかたその裏舞台をつまびらかにしている。
 また、前作で「疑問型」でしかなかった、脇役たちの言葉に、それなりの結論を与えている。
 そして、これらの物語背景を明らかにするために、主人公にはその場に踏みとどまって…、というより、その場で足踏みをしてもらいたかったのではないか? 結局世界は明るくなった。しかし、松村栄子の物語に対して、僕自身が抱く期待、心のひだを風がなでるような、そんな描写が「のれんに腕押し」になってしまった気がする。

 私の大好きな作家、松村栄子の批評として、こういう書き方をするのは、忸怩たるモノがあるが、あえて言わせてもらえば、この作品は「続編」ではなく、「紫の砂漠」の、設定集に、後日談が加わったものでしかない。
 「紫の砂漠」を読んで、心がふるえた人は、その期待のまま、この物語に接すると、少なからぬ失望におそわれることを、注意書きとして、この批評を閉じる。

 それでも、僕は「松村栄子」に付いていきます…。
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