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駄目オタ徒然草
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「その天才の萌芽に出会えた僥倖」(漫画評:ゆんぼくん)
「ゆんぼくん」西原理恵子 全5巻
バンブーコミック(竹書房)

 友人に貸したまま、返ってこない…。ということで、うろ覚えながら…。

 今更紹介するまでもなく、今や押しも押されぬ、ベストセラー漫画家。紀行漫画・エッセイ漫画、著者をおちょくる挿絵画家。おそらく希代の天才作家。あるいは思想家であり、あるいは詩人。

 そんな彼女がまだほとんど無名だった頃、竹書房の4コマ漫画誌に初めて連載作品を持ったのが、この作品。連載誌の名前も忘れたし、そもそも、当初、なぜ、この作品に心を奪わ、単行本まで買ったのかは憶えていない。
 ただ、気がついたら、当時出版されてすぐの単行本第1巻を買っていた。
 だいたい、お世辞にも「上手な絵」とはいえない、この作品に惹かれたのは、逆説的ではあるが、その絵の美しさ故だった。コマの中央に「す~っ」と、穏やかな曲線が2本。彼女の描く山の稜線である。勢いのある縦線を何本か並べて、林。犬のジョンは、平面的な犬らしき顔の輪郭の真ん中に黒丸が二つ。主人公のゆんぼでさえ、このジョンと同じようなシンプルなラインで描かれている。
 しかし、そこにはあふれるほどの情感がこもっていた。美しい(が、時として残酷な)自然が、写真よりも鮮やかに目の前に広がる。ジョンも、ゆんぼも、誰でも描けるようなラインで描かれているにもかかわらず、その表情は誰にもまねできないほどに豊かだった。

 しかも、当初は単に暴力的なギャグで笑わせていたにもかかわらず、何話かに1本、妙に哲学的な、また、心の奥底の一番敏感なところにふれるような、そんなストーリーが織り込まれ、この作品の「品格」を、単なる4コマどたばたで終わらせない味わい深く気高いものにしていた。

 そして、3巻あたりから、彼女の作家性がその本性を見せ出す。主人公ゆんぼは、いわゆる「私生児」である。天真爛漫な「母ちゃん」が、誰も彼らを知らない「田舎」で、女手一つで彼を育てる。
 そして、この作家は、後の彼女の作品「ぼくんち」でも、それを、より先鋭化して表すように、「田舎=純朴な人々」などと言うステレオタイプな描き方は、いっさいしない。
 彼女の描く「田舎」の人々は、残酷である。人が少なく、そのつきあいが濃密であるが故に、プライベートや、隠し事などはできない。言われてみれば当たり前であるが、だから助け合いの心と同時に、一度レッテルを貼られると、一生、いや、末代までそのレッテルを貼られたまま生きていかなければならない関係を背負うことになる。
 例えば、ゆんぼの友達の「こいでくん」は、駄目な父親に育てられ、だから馬鹿だと、村の誰もが知っている。子供たちも、それを知っているため、彼を仲間はずれにする。ただ、こいでくんは、それを知っているけれども、それでもゆんぼと友達になりたいと思い、一生懸命彼と、その友達の○○(名前忘れた~、単行本返せ~~~>友人)に気に入られるよう振る舞う。最初は疎ましがっていたゆんぼたちが、そうすることによってちくりと痛む自分の心に気がついていく。
 実は、このエピソードだって、単なる学校の話であれば、この辺は別に珍しい筋立てでもない。が、西原がこの物語を、田舎の村においたため、この人間関係のひずみが、子供社会だけでなく、大人も含めたコミュニティー全体のひずみとして、子供たちにその理不尽性を持って襲いかかる。
 そんな理不尽な世界の中で、ゆんぼたちは、レッテルではなく人としての関係、そして、その関係を築くものの本質を学んでいく。もちろん、ここの登場人物が、そんな深遠なことを考えているわけではない。「人間としての本能」をもって、生きていく上で学び取るのだ。

 おそらく、西原は、そこまで考えて、この作品を描いている。

 それに気がついたのは、ようやく5巻になってから。ゆんぼが村を出ていく物語が描かれている頃。泥棒行脚をし、日雇い人夫となり、彼が帰る場所は、誰もいないアパートに行き着く。誰も彼を知らないが、人間関係のひずみはいっさいおそってこないたった一人の城をもったとき、これは、「田舎」の写し鏡なのだとわかった。
 彼女が、4巻までかけて描いた「田舎」という、清濁併せ持つ濃密な人間関係の社会。そして、そこにこそ人間の本質が現れるのだと言うことを、読解力に弱く、飲み込みの悪い僕という読者に、「これでもか!」と思い知らせるため、彼女が懇切丁寧に描いた反転世界が、それだった。
 本当に、恐れ入った。彼女は天才だ! と、思った瞬間。

 この作品は、漫画を読むのなら、絶対に一度は読んでおかなければならない必読書だと、僕は思う。

 ちなみに、オリジナル版は、現在絶版でおそらく古本屋でしか手に入らない。ダイジェスト版が、「ものがたりゆんぼくん」として出ているらしいが、読むなら是非オリジナル版を探して読んでほしい。最初の頃の、あの、暴力どたばたの合間にふっと現れる、深遠な世界。その感覚は、この作品を読む際に是非体感してほしい一瞬だからだ。
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