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駄目オタ徒然草
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「ミステリー電車男」(映画評:電車男)
「電車男」東宝 6月4日公開
監督:村上政則
出演:山田孝之 中谷美紀ほか

 ひっじょ~に、言いにくいのだが、だめだ…こりゃ。

 多分、テレビの2時間ドラマ枠でやっていたら、「お、なかなかよくできてるじゃん」で、終わっていたのだろうが、金を払って、あまつさえパンフレットも買ってみるには値しないと、感じた。

 まず、物語のディテールづくりに失敗している。原作(というか、その元の2ちゃんねるログ)が持つ、特殊な用語や、お約束をなんの説明もなく使って、一般人に分かるのか? 逆に、それが中途半端に使われているため、原作を知っているものにとっては、聞きかじりの羅列に見えてしまう。

 例えば、イベントごとに現れる戦場描写は、そこが「男たちが後ろから撃たれるスレ」だからであり、唐突にその背景も出さずに、このシーンを入れても、実に「 ( ゜Д゜)ポカーン」である。
 また、電車君が、「qあwsでfrgtyふじこlp;:@」と打ち込んでしまうが、実際にあわててそんなことを打ち込むやつはいない。
 マニアックな言い方をすれば、電車君の部屋のディスプレイにしても、ただフィギュアを並べればそれでオタク部屋になるという認識がちょっと痛い。

 また、エピソードの挿入の仕方が間違っている。間違っているという言い方が悪ければ、そこだけそのままなぜ「ログ」そのままの台詞を言わせる?
 ログの中でエルメスの台詞として書き込まれている「あんまりその気にさせないでください」や、「わたしにはもてもてですよ」にしても、それは電車くんのフィルターを通して、ある意味翻訳された台詞であり、膨大なログ全編を通じて形作られるエルメスのイメージから、そこでそれはいわんだろうというものだと思う。
 そこだけ台詞が浮いているのだ。そんなことになるなら、いっそ、ログの台詞は無視していいと思う。そうでなければ、その台詞は、原作を知っているものにとっては「感動」ではなく、「失笑」の種になり、知らないものにとっては「唐突」に思えるだろう。

 そして、この作品の最大の失敗は、電車男を「そのままの形で」果たして映像にできうるのかという点で、根本から誤解をしていたということにあると思われる。
 電車男のおもしろさは、それがリアルタイムでつづられているときには、能動的参加者の「プレイヤー的歓び」と、消極的参加者の「観客的歓び」の相乗効果にあったと思われる。グラウンドにいる能動的参加者は、コーチングをしたり、自ら素振りをして見せたり、電車くんと一緒に走ってみたり。消極的参加者にしても、それらの行動を観客席から見てわくわくしながら、ときに「歓声」をあげるがことく、瞬間的に書き込みをする。ある意味ネットゲーム的楽しみがあったのだろうと推測される(この辺は、知り合いの"紅雷さん"が、彼のブログで僕のつけたコメントに、的確な指摘をしている。彼の指摘で、この辺の認識を得た)。
 また、まとめサイトや出版物のおもしろさは、いわゆる実況記録を読む楽しさであり、あたかもその場にいるような臨場感が、読者を引きつけるのだと思われる。そこには、ログの選別という編集はされているが、事実の演出はない。まあ、結果の分かったプロ野球の結果を、それでもニュースのダイジェスト映像を見て楽しめるメンタリティーの人には、よく分かると思う。

 ところが、映像化については、どんなにがんばっても、「演出」が必要であり、ログの中ではAA(アスキーアート)でしかなかったキャラクターたちを、実際の俳優に割り振らなければならない。いや、AAですらない「名無しさん」に顔をつける必要が出てくるのならば余計に問題は深刻である。
 また、前述のように参加型の楽しみというものが、一切奪われた「映画」という表現技法の中では、スクリーンの向こうに観客を受け入れるスペースはない。ところが、この物語のおもしろさは、電車君がモニターを通して、愚痴ったり、相談したりを、モニターの(あるいは原作の)こちら側に、アプローチをしてくる点にある。とすると、物語としてのスクラップアンドビルドをしないで、この話を映像化することは、この物語の「おもしろさ」だけを切り離すことに他ならなくなる。

 ネットを舞台に恋愛を描いた作品(当時はまだ、パソコン通信の時代だった)としては、森田芳充の「ハル」という傑作がある。例えば、この作品の中で語られている物語が事実だったとしたら、当事者以外には、なんのおもしろみもない物語である。しかし、作品としては、心穏やかなときめきを感じさせてくれる。
 そう、もし、電車男を映像化するのなら、この作品にヒントがあるのかもしれない。実は、電車男の一番おもしろみがないエピソードを拾い集め、電車君とエルメスの物語に再構築した作品(2ちゃんを中心とした物語にする必要はない)なら、たとえ「こんなの全然別の話じゃん」という批判が挙がったとしても、それ自体は、おもしろい物語になると、僕は思う。

 そういう意味で、一つだけ、あの最後の定期券のエピソード。あれだけは、秀逸だった。あの路線で、できなかったかなぁ~。

p.s.
 言い忘れた。悪いが、映画で山田孝之が演じる「オタク男」、いやそれじゃ、まるで「社会不適応者」そのものですがな^^; 残念ながら、オタクは、そのコミュニティーの中では、ちゃんとコミュニケーションもとれるし、自己判断もできます。彼らは「仲間内」に自らをアピールするために、ごく限られた範囲での知識を掘り下げるために、日夜努力しているのですから…。
 いや、別に彼らを擁護しているわけではなく、その辺のディテールづくりから、そもそも誤解があるのではと、そう思った次第でして…。

 まあ、やっつけ仕事だから仕方ないか…。

pp.ss.
 あと、最後の番宣シーン、あれ、どうなのかなぁ~。とっても「いや~ん」な気分で、映画館を出ましたよ…。
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